令和5年度の薬価改定では全品目の48%で薬価の引き下げ
令和5(2023)年度に行われる薬価改定は、平均乖離率の0.625倍を超える品目が対象です。
薬価調査により平均乖離率は7.0%で、その0.625倍にあたる「乖離率4.375%を超える品目」は1万3400品目となり、全医薬品の69%にあたります。
今回の薬価改定では以下のような特例的措置が行われ、医薬品の原材料費の急激な高騰や安定供給問題、ドラッグ・ラグ問題に対応しています。
- 不採算品再算定の実施
- 新薬創出・適応外薬解消等促進加算(新薬創出等加算)の増額
「不採算品再算定」は、不採算になった医薬品の薬価を引き上げる制度です。
医療用医薬品における不採算品とは、薬価改定で薬価が下がり採算が取れなくなった医薬品を指します。不採算品のうち、効果の似ている医薬品がないなどの理由で医療上欠かせない医薬品に限り「不採算品再算定」により薬価を引き上げますが、今回の改定では1100品目全ての不採算品が対象です。
「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」(新薬創出等加算)は、一定の条件を満たした新薬に与えられる加算です。
革新的な新薬を作り出したり未承認薬・適応外薬の開発を進めるために、加算をつけることで特許が切れるまで薬価を維持したり、下がりにくくします。
「未承認薬」とは、海外では承認されているが日本では承認されていない医薬品で、「適応外薬」は、海外でも日本でも承認されているものの適応が異なり、日本では一部の適応で使用できない医薬品です。
新薬創出等加算は海外で使える医薬品が日本では使えない、いわゆる「ドラッグ・ラグ」に対応するための制度です。
今回の改定では加算額を特例的に増額し、薬価を強力に下支えします。
今まで通りの加算では薬価が下がる150品目について、従来の薬価との差額の95%を補填します。
厚生労働省によると、令和5年度の薬価改定では全収載品目の48%の9300品目は薬価が引き下げられます。
残りの46%(9000品目)は薬価を維持し、6%(1100品目)は不採算品再算定の適用により引き上げとなります。
不採算品再算定と新薬創出等加算の2つの特例的な対応により、削減額は3100億円となる見込みです。
特例措置を適用する前は4830億円の削減と計算されており、比較すると薬価の引き下げは1730億円緩和されました。
(引用:中央社会保険医療協議会 薬価専門部会(第196回)議事次第 参考資料)
改定範囲は平均乖離率の0.625倍超
初めての中間年改定となった令和3(2021)年度の改定と今回の改定を比べてみましょう。
令和3年度 | 令和5年度 | |
改定範囲 | 平均乖離率の0.625倍(乖離率5%超) | 平均乖離率の0.625倍(乖離率4.375%超) |
対象品目数 | 1万2180品目(全体の69%) | 1万3400品目(全体の69%) |
削減額 | 4300億円 | 3100億円 |
特例措置 | 一律0.8%の引き下げ幅緩和 | 不採算品再算定の実施新薬創出等加算の増額 |
改定の範囲は、令和3年度と今回の改定で同じ「平均乖離率の0.625倍超」ですが、実際の対象範囲は今回の方が広いです。
令和3年度は平均乖離率8.0%の0.625倍である「乖離率5%を超える品目」が対象で、今回は平均乖離率7.0%の0.625倍にあたる「乖離率4.375%を超える品目」が対象になっているからです。
令和3年度の改定では、新型コロナウイルス流行の影響に対する特例措置として、薬価の引き下げ幅を一律で0.8%緩和しました。
今回は一律の緩和措置はないものの、特例措置として「不採算品再算定の実施」と「新薬創出等加算の増額」が、それぞれ臨時的に行われます。
令和3年度の改定による薬剤費の削減額4300億円に対して、今回は特例措置によって3100億円の削減としています。比べると1200億円程度、薬価の引き下げが緩和されることになります。
今回の改定に向けた議論で製薬業界は、物価高や安定供給への対応で「薬価を引き下げる環境にない」と主張し、改定を行う場合は引き下げ率の緩和を求めていました。
結果は、不採算品再算定と新薬創出等加算による配慮はあるものの、改定範囲は狭められず「平均乖離率の0.625倍超」のままでした。
一方、財務省は薬価の毎年改定について、全品目対象・全ルール適用の「完全実施」の早期実現を求めており、今回の改定では対象品目を限定したことで対象品目が約7割にとどまったと指摘しています。
そもそも薬価とは
薬価とは、医療用医薬品(医療機関などで医師から処方される薬)の価格のことです。
医薬品は、医療用医薬品とOTC医薬品の2つに分けられます。医療用医薬品とは、医療機関で医師から処方される薬のことです。一方、処方箋が必要なく、ドラッグストアなどで購入できる薬をOTC医薬品と呼びます。保険医療で用いられる医療用医薬品は、国が価格を定め、「薬価基準」に収載されます。
薬価は公定価格であり、製薬会社が自由に決めているわけではありません。
毎年4月に実施される薬価の見直しを薬価改定といいます。厚生労働省は、薬局や医療機関が医薬品の卸から仕入れている価格を調査し、薬価と納入価に差がある場合はルールに従って薬価を引き下げます。
薬価の設定方法
薬価の設定方法について、新薬・すでに薬価基準に収載された医薬品・ジェネリック医薬品の3つに分けて解説します。
新薬の薬価算定方法
新しく開発された医療用医薬品の薬価算定方法は、似た薬がすでに販売されているかどうかによって「類似薬効比較方式」と「原価計算方式」に分けられます。
類似薬効比較方式
新薬の価格は多くの場合、類似薬効比較方式で決められます。
類似薬効比較方式とは、すでに販売されていて新薬と似た効果を持つ医薬品(類似薬)の価格と比較して新薬の価格を決める方法です。
「似た薬は同じような値段になる」という考え方に基づき、基本的には類似薬と比べて価格の差が大きく生じないように調整します。
ただし、類似薬と比べてより高い有効性や安全性が認められると、価格は加算されます。
反対に新規性の少ない医薬品の場合は、過去数年間の類似薬の中でもっとも低い価格に設定されます。
類似薬のある新薬のうち、今までと同じような薬は価格が低く、今までの薬より効果があったり副作用が少なく使いやすいと価格が高くなるということです。
原価計算方式
新薬と似たような効き目の医薬品がなく比較できない場合は、新薬の原材料費や製造費などの原価をもとに価格が決められます。
原価計算方式でも、優れた新薬には類似薬効比較方式と同じように補正加算が与えられます。
外国平均価格調整
類似薬効比較方式または原価計算方式で価格を算定した後、外国との価格差が大きくならないように価格を調整します。
比較するのは、「自由価格制度」をとっているアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスです。
各国の平均価格と比べて高すぎる場合は引き下げ、安すぎる場合には引き上げの調整を行います。
既収載医薬品の薬価改定
医薬品の公定価格である薬価は、「薬価改定」により定期的な見直しが行われます。
薬価改定が行われると、原則として医薬品は改定前より薬価が下がります。
なぜなら、医薬品の卸売業者と医療機関や薬局の間では、医薬品は薬価よりも低い価格で売買されており、その差に合わせて薬価を引き下げるのが薬価改定の基本だからです。
薬価が下がる原因は、新薬の発売後に似た新薬が発売されたり、新薬の特許が切れた後にジェネリック医薬品が発売されることにより、希少性が低下し新薬としての価値が下がるためです。
ジェネリック医薬品の薬価収載
ジェネリック医薬品とは、新薬の特許が切れた後、新薬を発売した製薬会社とは別の製薬会社が製造し販売する医薬品のことです。
新薬と有効成分や治療効果にほとんど差はありませんが、新薬より低価格で製造することができます。
なぜなら、ジェネリック医薬品は新薬における有効性や安全性などに基づいて開発されるため、莫大な開発費用を抑えられるからです。
薬価制度においては、ジェネリック医薬品を「後発医薬品」と呼ぶのに対し、新薬を「先発医薬品」と呼びます。
ジェネリック医薬品の薬価は先発医薬品の薬価によって決められ、初めて薬価基準に収載される時の価格は先発医薬品の約50%とされています。
ジェネリック医薬品の薬価も、薬価改定により先発医薬品と同じように改定されていきます。
薬価改定による生活への影響
薬価改定の見直しやイノベーションの評価から、薬価改定による生活への影響を考えていきましょう。
薬価改定の見直しについて
日本の国民医療費は増え続けており、令和2年度の国民全体の医療費は年間で42兆円を超えています。
国は、ジェネリック医薬品の使用促進やセルフメディケーションの推進など医療費抑制の対策を行っていますが、効果は十分に出ていないのが現状です。
このまま年間医療費が増え続ければ、国民皆保険制度の崩壊にもつながりかねません。
そこで2016年末に新たな対策として、2年に1回行われていた薬価改定を毎年実施する方針が決定されました。本
格的な薬価改定は今まで通り2年に1度のペースを維持しつつ、薬価と乖離率が大きい品目については、毎年薬価を引き下げます。
薬価を引き下げる回数を増やすことで医療費の抑制が期待されますが、毎年の実施により薬価改定の調査にかえってコストがかかるのではという声もあります。
また、製薬会社の収益が下がると新薬開発のモチベーション低下につながるという問題も指摘されており、今後の議論にも注目が集まっています。
イノベーションの評価について
上記でも述べたように、薬価の引き下げは、国の医療費を削減し国民の医療費負担の軽減につながる一方で、製薬会社の利益が減少し新薬の研究開発が難しくなることが問題です。
例えば、2014年9月に発売された高額ながん治療薬「オプジーボ」は、今までの抗がん剤より高い治療効果がある新たながんの治療薬として注目されました。
オプジーボはがん細胞の「免疫機能へのブレーキ」を解除し、人が持っている免疫力を発揮させてがん細胞を攻撃します。
今までの抗がん剤のようにがん細胞を直接攻撃する薬ではなく、免疫細胞ががん細胞を攻撃できる環境をつくる画期的な薬で、ノーベル賞も受賞しました。
当時の価格は100mg瓶1本で約73万円、1人の患者の年間使用料金は3500万円と、あまりの価格の高さに医療財政への影響が懸念され、値下げを求める声も多くあった結果、2017年2月の緊急改定でオプジーボの価格は50%引き下げられます。
根拠は「特例市場拡大再算定」という超大型医薬品の薬価を大幅に引き下げる制度です。
オプジーボの他にも、2016年度にはC型肝炎治療薬のソバルディやハーボニーが対象となっており、この効果で2016年度の医療費は14年ぶりに減少しました。
オプジーボはその後何度も薬価の引き下げを受け、今では発売時のおよそ80%まで低くなっています。
近年、新薬の開発はバイオ抗がん剤・再生医療など特にコストがかさむ傾向にあります。
新しく開発された薬が日本の医療に大きく貢献したにも関わらず、イノベーションの評価が十分にされないと、優れた医薬品を開発するのは難しくなります。
国は医療費の削減だけではなく、製薬会社の社会貢献を評価して、薬価を定める必要があります。
革新的な新薬を生み出しつついかに医療財政の持続性を保つかが今後の課題といえるでしょう。
薬価制度の重要性
薬価制度は私たちの生活にも密接に関係しています。
日本では国民皆保険制度により、すべての国民が公平で平等な医療が受けられます。
しかし、現在の日本では国民医療費の増大により、国民皆保険制度による医療費と保険料のバランスが崩れつつあります。私たちの健康を支える国民皆保険制度を維持できなくなれば、将来の健康への不安が増大し、お金をつ
かわず貯金する人が増えて経済はまわらなくなり、経済の停滞にもつながりかねません。
国民皆保険制度において、薬価制度は重要な検討項目のひとつです。
薬価改定で薬価が下がれば国民の負担を軽減できるものの、薬局や医療機関の経営が厳しくなって医薬品の供給体制に影響が出たり、製薬会社の収益が下がることで新薬開発がすすまなくなるなど、医療の質が低下しかねません。
まとめ
この記事では、令和5年度の薬価改定について解説しました。
今回の薬価改定は、平均乖離率7.0%の0.625倍超となる乖離率4.375%を超える品目が対象となり、医療費削減効果は3100億円となる見込みです。
薬価改定が毎年行われることで薬局や医療機関の負担は大きくなりますが、超高齢化社会を迎える日本において医療費の削減は重要な課題です。
「持続可能な国民皆保険制度」と「イノベーションの推進」のバランスをとりながら、国民が恩恵を受ける「医療費の削減」と「医療の質の向上」を実現するために、薬価制度の抜本的な改革が必要になるでしょう。
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